小説

深夜東京の六畳半|小説

 時計を見ると夜中の二時だった。しんと静まりかえった六畳半の部屋の蛍光灯は消えて、何も見えなかった。

 「何してたんだっけ」

 スマホが充電されることなく布団の端に転がっている。手に取るが暗くて顔認証がエラーになり、わざわざパスコードを入力して立ち上げた。

 スマホはSNS投稿画面のままで、次の入力を待っていた。
 「何か投稿しようとして寝たってことか。何をつぶやこうとしてたんだっけ。全く思い出せない。何やってんだ。はぁ、何やってんだ、俺は」

 ──

 『これが最後の投稿になります』

 仲の良かったフォロワーは、これを最後にアカウントを削除した。また一人いなくなった。でも俺は、まだここにいる。いなくならないと信じていた人がまたいなくなった。

 いや、そもそもここには誰もいなかったのだ。ただ、みんな暇なときに立ち寄っていただけ。固定的なものではなく、流動的。

 ここには救いはない。みんなこう言うんだ。

 「早く次に向きなおって進まないと」

 『でもさ、そんな急かしてどうするんだよ。はぁ、こうやって理由を話そうとすると、途端に難しくなるんだよな。目的とか、現状とか、ギャップとか、目標とか、課題とか、対策とか、スケジュールとか。そんな複雑な話になるんだ。難しい話はやめようよ。とりあえず上がって酒でも飲みなよ。で、なんか適当に話そうよ。真剣に未来の話をする必要はないよ。こうやって繰り返してきたし、これからも繰り返していきたいんだ』
 文字を打ち終わったが、投稿できる文字数を超えた。打った文字を全て削除した。

 ──

 外から救急車のサイレンが鳴っている。次はパトカー。方向は同じなのかもしれない。

 ──

 俺は、もっといけると思っていたんだ。もっと上にいけるって。完璧な人生をずっと思い浮かべて、それを行動によって実現しようと必死だった。でも完璧なんて無かったんだ。正解なんて無かった。もうあの時の気持ちはどこかにいってしまった。頭の中で描いていたイメージは、どこかに吸い込まれてしまった。
 外は静かになり、何も聞こえなくなった。

 『世界は終わります』
 タイムラインに流した。ハッシュタグは無し。

 最後だ。
 全部終わりにしよう。

 そうやって、また世界に日が昇った。